ジュリーの乳酸菌

XJさん(北京市在住)

 

2012年5月5日の夜20時55分、鉗子分娩での苦痛を経て、胎児機能不全と診断された子豚のような私の子供、ジュリーは予定日より9日早く生まれました。

分娩室では、生まれたばかりのジュリーは大きな目が垂れていて、とても柔らかい肌をしていました。私は子供を産んだという神秘に驚き、また自分が本当に母親になったと信じることができませんでした。私と夫はずっとジュリーを抱いて楽しく笑う日々でした。

ジュリーは2ヶ月になりました。私が童謡を読む時は、鼻歌を歌えるようになりました。8ヶ月になるとパパ・ママと呼び、家族があやす時にはニコニコ笑っていました。近所の人がジュリーをあやしている時も、とても楽しそうでした。全てが順序どおり進んでいました。

その日、太陽は明るく、空気は甘くて、すばらしい日でした。

でも、いつからでしょう、ジュリーが笑うのがだんだんと少なくなっていきました。ジュリーに話しかけても返事も少なくなりました。私たちが仕事から帰っても彼女の目に私たちはなく、走り回ってばかりでした。赤ちゃん特有の指差しをすることもなく、私が指を差しても指を差した方向を見ることはありませんでした。家族みんなはジュリーを問題のない子供、ただ少し変わっているだけだと考えました。でも、どこが特別おかしいとまでは断定できないでいました。私の母は笑って、性格がお父さんと同じで話すのが苦手なんだよ、と言いました。すべての子供は成長速度に差があるから、心配する必要はないよ、と家族は私を慰めてくれました。

はっきりしないまま日々は過ぎていきました。 8ヶ月の時、発していたパパやママの呼び声も徐々に減ってついには消えました。家族がジュリーと話をする時も、基本的には反応せず、たまに笑うといった感じでした。私たちと自発的に遊ぼうとはせず、遊ぶのはいつも常に自分とです。ジュリーの手を取って、外へ遊びに行っても、行くのは人の少ない所で、見知らぬ人には見向きもしません。その代わりに電気を見たり、横目でクルクル回るのが好きでした。

2014年5月、ジュリーが2歳になったばかりのある日、ある幼児施設の児童発達心理学の専門家の勧めもあって、ジュリーを北医六院に検査のため連れて行きました。

私はフォームに記入し、医師はジュリーと少し遊んだ後、真剣な眼差しで私たちに言いました:「これは、典型的な自閉症患者に見られる症状です。ジュリーちゃんは言葉が上手く話せず、アイコンタクトも無く、認知力に欠け、また社会性も欠陥しています!家族は早く心の準備をして、子供に出来るだけ早く介入してください!」

Q:この病気はどのように治療するのですか?

A:唯一の効果的な方法は、家族が出来るだけ早く介入することです。

Q:私たちは積極的に協力します。では介入する方法は?

A:両親は施設を見つけて介入をするべきです。

Q:治療することはできますか

A:自閉症は一生もので、医学的にはまだ何も言えません。

私はどれほど質問したのか覚えていません。ただ医者が一生治療できないと言ったことだけを覚えています。私はまるで死刑判決を受けたようでした…

病院を出て帰宅する途中、私はジュリーを静かに抱きしめキスをしました。また涙を流し叫びました。私の最愛の娘がどうしてこんな目に?ありえないよ! …

私の心の痛みは極限に達し、身体はまるで麻痺状態でした。お腹はすかず、もはや食べる必要はない状態でした。

私は自分を疑いだしました:医者のミス?それとも誤診?児童病院へ行き再び検査し、有名な機関へ連絡し診断を求めました。その結果は、驚くべきことにすべて一致、典型的な重度自閉症であり、また重度な感覚統合の問題も患っていると診断されました。

何も出来ないまま1ヶ月が過ぎ、私は少しずつ現実を受け入れました。神様は私たちをあらゆる種類の物事に慣れさせ、またそれを幸福に変えるものです。私は何度も自分自身に詰問します:私は自分の仕事におけるあらゆる問題の解決策を見つけることができる。しかしなぜ娘の病気に対して何も出来ないのか?どうして治すことができないのか?医学はとても発展しており、何か方法があるはずだ、私はそれをまだ見つけてないだけなのだ! ! !私は狂ったように、あらゆる種類の情報を調べ、様々な文書を読み、多様な介入方法を学びました。私はエネルギーがいっぱいで、寝る必要なんてない!私は時間と競争し、娘を救う必要があるから! ! !

私は再び児童心理学者を訪ねました。彼女は私に中国科学院心理学研究所の金鋒(Jing Feng)教授のところへ行くことを勧め、金教授が開発した乳酸菌が私を助けることができると言いました。私は 吴暁麗(Wu Xiaoli)博士に連絡してお互いの電話番号を交換しましたが、何の発展もありませんでした。そこで私の友達は全力を尽くして協力してくれ、他の神経学の専門家に連絡しました。でも専門家は、ほぼ全会一致でこう言いました:これまで唯一世界的に認められている最も効果的な方法は介入行動だけである…でも介入行動は多様であり、また玉石混淆です。私が恐る恐る乳酸菌の可能性について尋ねてもすぐに否定されるでしょう。

私はいくつもの教育機関を検討し、2つを選びましたが、満足はしませんでした。1つは1日で退学し、もう1つは2ヶ月で退学しました。授業中の心が張り裂ける思いは今でも記憶に新しく、1つ目の機関ではジュリーは怖がり、先生に抱えられて教室に連れていかれました。ジュリーは教室で泣き、私は下の階で泣いていました。ジュリーはその後の何ヶ月は常に誰かに抱きかかえながら生活していました。外出する際は、母親の私が必ず抱きかかえなければならず、自分で歩こうとはしませんでした。2つ目の機関では、自発的な表情が浮かんできました。でも、それを維持するのは難しく、1週間5日のクラスで状態が良いのはたったの1日だけでした。

私は再び考えました。これは本当に正しい道を進んでいるのか?これはジュリーが欲しいものなのか?介入行動は重要な役割を果たしましたが、これは私が望むものには程遠い。どのようにすれば良いのだろうか?

私は方法を変えました。教育機関を辞め、ジュリーを連れて遊びにでかける事にしました。その夏の週末は殆ど周りの郊外で過ごし、短期と長期旅行をして、ジュリーの感情を増やすことにしました。

同時に、私と北京で同じ気持ちを持った母親たちは、多くの自分の子どもが、ある程度の便秘や下痢の問題を抱えていたことから、腸の問題、免疫、アレルギー、不耐性やその他の問題について関心を持ち始めました。私たちはこのような問題をN個の小さな問題にそれぞれ分けました。私は腸の問題を考えた際に、子供たち共有の便秘、下痢問題を解決する為に、金教授の乳酸菌を思いつきました。

偶然にもその週に吴暁麗教授からテキストメッセージを受信し、自閉症児童の保護者を集めて、腸菌や自閉症について講義をする、金教授のところで勉強することになりました。私たちは喜び、数人の保護者も当日時間通りに到着しました。全体の講義は、私たちが理解できるように、いくつかの単元に分けられていました。金教授は休みもとらず、ご飯も食べず、講義は6時間半も続きました。

これは全く新しい分野でした:脳腸相関!迷走神経!リーキー・ガットの原理!腸の状態が認知力を決定する!腸内細菌叢が行動に影響を及ぼす!衛生仮説!添加物の害!環境! …あまりにも震撼で、まるで宇宙に来たようでした。金教授の素晴らしい講義とジュリーの症状を思い出し、何度もうなずき、まぶたは涙で一杯でした。親切で誠実な金教授は私たちの子供の為に様々な処置方法を考慮し、私は彼が信頼できる人だと確信しました!

帰宅後の数日間、私は講義の録音を何回も聞き、各ポイントの知識を吸収しました。また金教授推薦の「ロレンツォのオイル」、まれな遺伝性疾患ALDに関する映画を見ました。私は絶望的な父親が圧倒され、無人の螺旋階段で叫んでいる所を見て声をほとんど失いました。映画では三つの対立した観点があり、1. 科学者と医師、科学的手法を徹底し、新薬については極めて慎重。2. 家族財団、子供の病気という現実に絶望し、新しい薬剤に無関心。3. ロレンツォの両親、命に対して消極的でなく、愛で科学を促進する。そうである、ロレンツォの両親が言うように、医師の利益は必ずしも両親の利益と同じではないのだ。私は「腸」に目標を定めました。これは正に私が探している方向でした!

 

私と夫は、ジュリーの便のサンプルを提出した後、2つの決定をしました。

  1. ジュリーを田舎に連れて行く。2. すべての薬とトレーニング、またジャンクフードを食べず、乳酸菌だけを摂取する。

 

ジュリーが2歳7ヶ月の時、私は家で簡単に準備をした後、すぐに叔母の家にジュリーを連れていきました。叔母の家族はジュリーと同じ年齢の双子がいたので一緒に遊ぶことができました。田舎の条件は限られていて、賑やかな都市のようなレクリエーションの施設はありません。でもニワトリ、アヒル、ガチョウ、牛、豚や羊がいて、安全な土壌があり、風があると、枯草菌を吸うこともできました。我たちは静かに生活し、乳酸菌をとりました。その後、思いがけない事が起こりました:

数日後、社会性のある目つきが増え、ジュリーは指差しを始めました。

半月後、ジュリーは完全な指差しができ、私の靴のミッキーマウスを指差すようになりました。

一ヶ月後、言語と認知の壁を突破しました。ジュリーはママ、おばさんと呼び始め、遂には母と叔母を認識するようになりました。

翌日、ジュリーは五官と四肢を認識するようになりました:自分の鼻を指差し、私を見た。私が鼻!と言うとジュリーもまた鼻!と言えるようになりました。それから、口、目、手足…と1日以内に全て出来るようになりました。

このような変化は、私たちに大きな驚きをもたらしました、私は興奮しながら吴暁麗博士に電話して大声で:「ジュリーが変わった! 本当に変わったんだ!」と言いました。私は夫にも報告をしました。夫は信じられないという気持ちで、2日後、田舎にやってきました。

 

夫が来る前日は、私は夫の写真を出してジュリーに教えました。ジュリーは正確に写真に対して、「パパ」と言うことができるけど、私はまだジュリーが本当に会った後で見極められるかどうか確信を持てませんでした。だから、私たちは対面の時、一旦話を止め、ジュリーの反応を見ることにしました。そして次の日、夫は本当に来て、ジュリーの前に立ちました。ジュリーは驚​​きながら夫を指差し、夫を見て、私を見て、また夫を見て、また私を見て…最後に、「パパ! 」と叫んだのです。家族全員が喜びに包まれ、夫も感動のあまり涙を流しました。ジュリーは本当に夫がわかったんだ!

それに続く何年か、毎年のジュリーの変化は私により多くの希望をもたらし、また様々な方向を決めました:

 

2015年、乳酸菌をとり始めてから1年後、ジュリー3歳半。

評価結果:もはや典型的な自閉症ではなく、社会的行動障害である。

行動面:電気を見る、横目でクルクル回る、人を見ない等の自閉症の症状が無くなった。

言語面:同じ言葉を繰り返し話すことが少なくなり、意味のある言葉が増えてきた。個々の単語でなく、文章で話す機会が増えた。少数の単語を使って効果的に私とコミュニケーションをとることができるようになった。

 

身体面:社会性のある目つきが増えた。観察や模倣をするようになり、適度に使うことができるようになった。スポーツにはまだ多くの問題がある。同時に、何の解決策も無かった免疫欠陥には突破口が見つかり、免疫システムには回復が見られた。もともと発熱時におけるC反応性蛋白の値が変わらなかったのに対し、今は発熱時には数値に変化が見られた。また軽度の不耐性の食品が食べれるようになった。

 

2016年、乳酸菌をとり始めてから2年後、ジュリー4歳半。

評価結果:単純な感覚統合失調症。

行動面:全ての自閉症の症状は消え、ジュリーの行動に問題無し!

言語面:短い言葉で人々とコミュニケーションをとり、簡単な質問が出来たり、他の人が質問した時、答えを知っていれば簡単に答えることもできる。また自分の意見を持ち始めた。

身体面:運動方面では改善が多く、免疫も回復し続け、中度の牛乳不耐症であったが適度に飲むことができるようになった!

社会面:先生が幼稚園のクラスに行くことができることを示唆した。それは普通の幼稚園であり、融合センターではなかった。入園後はうまく生活に適応しており、私は幼稚園の先生に自閉症については何も開示しなかったが、先生のフィードバックにも異常は特に無かった。教師のケアの下、ジュリーは集団生活に喜びを感じ、毎日家に帰った後とてもうれしそうであった。

 

2017年、乳酸菌をとり始めてから3年後、ジュリー5年半。

評価結果:発達遅れについて専門家は、今後数年間で同じ年齢の正常な子供に完全に追いつくことができると予測している!

行動面:問題無し。

言語面:複雑な質問が出来るようになった。家族と正常にコミュニケーションを取ることができる。表現力はますます良くなり、私たちと喧嘩までするようになった!

身体面の問題:張筋の問題は完全に解決され、同年齢での正常なレベルにまで回復してきた。運動能力は大幅に向上した。免疫機能は完全に回復し、血液検査の免疫機能データは非常に良好であり、牛乳も飲むことができる!

社会面:幼稚園では良い成績を修め、良い友人もできた。毎日、幼稚園で起こった事を、家族に伝え、自分の意見もますます増えてきた!

2018年から現在、乳細菌をとり始めてから4年、ジュリー6歳。

行動、言語、身体面共に問題はありません!

社会面:言葉数も増え、ますます物事を見極める力が身についた。自発的に家族に関心を持ち、言外の意図を用いて自分の権益を得る事を覚えた。出かける時にはカバンを見てあげたり、見失わないようにしなければならない。旅行の際は話し合いをする必要があり、最早私たちが行きたい所にすぐ行けなくなった。自発的に私たちに物事を話し、彼女にとって良いことがはっきりしている。誰が家の中で対応しやすいか、手強いか理解し、顔色を伺うことも覚えた。数を数える時、自分の指を使い、足らなければ、私の手を使うようになった。どのような友達が好きか嫌いか理由を述べるようになった。クラスでは2学期目に宿題があり、時間通りに完成することができた。幼稚園が主催するすべての活動に積極的に参加したいとも考えている。先生の評価:非常に頭が良く、進歩が大きい! 3月には、小さな賞状も頂いた:

今日、日々は満ちたりていて、また明るく生活は楽しいものです。金教授が言ったように、私たちは子供たちが皆優れたゴッホのようになってほしいと考えているとは限りませんが、健康で長生きしてほしいとは必ず考えているでしょう。

この人生、私は最適な介入時期において金鋒教授と吴暁麗博士に会うことができ、ジュリーは幸運です! 金鋒教授と吴暁麗博士チームから非常に多くの知識を学ぶことができて幸運です!

金鋒教授ありがとうございました!

吴暁麗博士ありがとうございました!

全ての金教授のチームメンバーに感謝いたします!

 

世界に何の問題が無いことを願っています!美しい世界でありますように!

 

– 私たちは、リハーサルに入る俳優のように、何の防衛もすることなく、突然訪れた全ての物事を経験しました。もし人生における初めてのリハーサルが人生そのものなら、人生の価値は何ですか?(「存在の耐えられない軽さ」)

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