実は金融危機は怖くない その2

② デモから政権崩壊そして国民投票

今回の訪問で、ドキュメンタリーに登場していた前国会議員のマルグレット・トリガドティルさんにお会いして話を聞くことができました。マルグレットさんは作家で、経済危機をきっかけに市民運動にかかわり、2009年の選挙で当選して国会議員になりました。

経済危機後、市民は毎週土曜日に国会前で抗議活動を行いました。鍋やフライパンをたたいてアピールしたことからポッツ・アンド・パンズ・レボリューションと呼ばれるようになりますが、実際は、デモの参加者もそれほど多くなく、冬に向かう季節、極端に日照時間の少ない土地柄もあって、抗議活動自体は一時間程度で解散し、それほど激しいものではなかったと言います。やがて長いクリスマス休暇が来て、活動は収束していくだろうと予想していましたが、年が明けると抗議活動は再開されます。そこで行動がエスカレートし、参加者らは議会や首相府に向けて投石を行い、警察が催涙ガスを使って排除に乗り出す事態になりました。それから程なく、突然、健康問題を理由にゲイル・ホルデ首相が辞意を表明、総選挙が実施されることとなります。マルグレットさんは言います。

「この時、決して数は多くなくていい。市民には社会を動かす力らが確かにあることが分かったのです」

経済危機が起こるまでは、アイスランドも日本と同じように、民主主義とは名ばかりで、国民は政治に対して無関心で、政治家は腐敗し、右派も左派もなんら違いがないという状況だったのです。

この抗議行動は、後の「­ウォール街を占拠せよ」運動や、ギリシャなど欧州各地で続く財政緊縮反対デモの先駆けとなりました。

4月に行われた総選挙では、アイスランド独立以来第一党の地位を占めて長く与党の座にあった独立党が下野し、前政権崩壊後に暫定的に連立政権を担ったシグルザルドッティル首相率いる社会民主同盟と左派・緑の党が議席を伸ばし、史上初めて左派の連立政権が誕生します。そして、そこで銀行の破綻処理をめぐって大きな問題がおこります。

それは破綻したランズバンキ銀行の外国人向けの預金口座である「アイスセーブ」の処理をめぐるものでした。高い利息でイギリスとオランダの客を増やしたこのインターネット銀行は、約40万の口座をもっていたのです。

英国とオランダ両政府は預金者への弁済に踏み切り、その返済をアイスランドに求めました。アイスランド政府はこれに応じて、英国やオランダの預金者の保護をすることで同意し、議会は2009年12月、15年間かけてGDPの半分近い最大34億ポンドを年利5.55%で返済する法案を通しました。これに対して国民の反発が高まり、翌1月2日にはグリムソン大統領の自宅を、1000人を超える抗議行動の人々が取り囲みました。彼らは、非常事態の意味を込めて発煙筒を掲げて抗議しました。この反発に押されて、グリムソン大統領は1月5日、法案への署名を拒否して国民大会を宣言します。アイスランドの大統領は、政党に属さず政治的な実権を一切持たない象徴的な存在ですが、この危機の際に民意を尊重するという意志決定を行ったことは、この国の大きな転換となります。法案への反対署名は人口の約5分の1にあたる6万人も集り、市民は国民投票を要求しますが、賛成する国会議員は少数派で、ヨーロッパ各国首脳も、国民投票は実行するべきではないと申し入れてきました。イギリスのブラウン首相は、イギリス国内のアイスランドの資産を凍結すると圧力をかけました。イギリスは反テロ法を適用して英国内のアイスランドの銀行の財産の差し押さえまで行っています。アイスランド国内外を問わず指導者層は一様に、市場原理は民意よりも優先されるべきだと考えたのです。彼らは、国民投票を行うと経済は更に混乱し、IMFからの融資も止まり、世界から完全に孤立すると訴え、アイスランド発の世界恐慌の可能性まで指摘されました。しかし、3月6日に国民投票が実施され、93%が政府の返済計画を拒否します。その後債権国からの条件緩和の提案に基づいた見直し返済計画も再び国民投票で圧倒的多数で否決されます。これによって、民間銀行の負った対外債務を国民は負担しないという意思決定がなされました。

通常、銀行が破綻した際には、公的資金の注入によって救済され、国民がその経済負担を負います。しかし、アイスランドでは、銀行でも、その存続は自由主義経済の成り行きにまかる一方、預金支払いを保証し、また借金で苦しむ個人や企業に対しては一部債務免除を行いました。債務が住宅価格­の110%を超える場合、それを免除され、全国民の4分の1以上が債務負­担を軽減されました。さらに、最高裁が10年六月に外貨連動型のローンを違法とする判決を下したことで、通貨の下落に伴う損失を国民が負担する必要もなくしました。

また、銀行が破綻しても、通常、経営者がその責任を問われることはありません。金融危機­の引き金となった米国のサブプライム問題でも、訴追された銀行幹部は1人もいないのです。しかし、アイスランドでは、80人の特別検査官が任命され、徹底した捜査と責任追及が行われました。2010年9月にはホルデ前首相が告発され、多くの銀行幹部と官僚が逮捕、訴追されました。

その後アイスランドは、通貨安により輸出が増え、観光業も大きな恩恵を受けて、経済が順調に回復し、住宅価格もほどなく破たん前の水準に戻りました。

そして、2011年8月にIMFの支援プログラムから脱し、翌年二月には国債の信用格付が投資適格のBBBに戻り、短期間で奇跡的な復活を果たしています。

大統領は、カナダのラジオ番組のインタビューに答えてこう言っています。

「アイスランドもヨーロッパ諸国も社会の存立基盤は経済市場にではなく民主主義にあります。ヨーロッパが生み出したものの中でもっとも大切なのは自由市場システムではなく民主主義と人権の概念なのです。」

その後、ヨーロッパ各国で債務問題がおこっていますが、アイスランドのような対応がとられた国はありません。アイスランドが民間銀行の債務問題に端を発したのに対して、ヨーロッパ各国は公的債務の問題であること。アイスランドは自国通貨を持っているけど、ヨーロッパ各国は通貨発行権をあっさり放棄してしまっていること、他に国の人口規模のことなど、相違点を挙げれば色々ありますが、やはり決定的な違いは、政府が外圧に屈せずに民意を尊重できるかどうかに尽きるでしょう。脅しに屈せず毅然として民意に従ったとき、混乱は収束に向かい、経済は急速に回復したという事実を私達もしっかりと学び、未来のために記憶にとどめておく必要があります。

 

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