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ベッペ・グリッロのテレビ追放

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『グリッロはいつも夕暮れに唄う』の中に、巷で言われるベッペのテレビの追放劇が細かく語られていました。原発の国民投票も絡んでいたんですね。今の日本とすごく似ていてかなり笑えます。なお、RAIはイタリアの国営放送、クラクシは当時の首相で、長く職にいたけど、最終的には汚職で国外逃亡して終わっています。

(ベッペ・グリッロ BG)
彼らは愚かだった。私がテレビで社会主義者の泥棒についての陳腐な冗談を言った時の愚かなクラクシのようで、彼は腹をたてて夕方のニュースで私を攻撃した。「社会主義者を攻撃するこのコメディアンをどうやって許せるか?!」それは私を抵抗のイコンに変えた。そうではなくて、少し誇張があったが、まだ笑っていたと単純に言ったら、私のジョークは、興味がなくなって終わったろう。そんなたくさん叫び声を上げられるとは思わなかったジョークのために私は、RAIから追放された...
当時原子力発電に反対する最初の国民投票があったので、私はカオルソの発電所について話した。彼らはやるなと言ったが、そのテーマは強かった。それで私はカオルソの事件をすべて覚えていて、社会主義者をからかっている間、スタジオのディレクターが、ヘッドセットをとって地面に投げてみんなが見ている前で立ち去った。ピッポ・パウドも去り、技術者たちも離れる、観客は何か起こったことが分かったので笑わない。私は、みんなが怖がっていて、あちこちでとても困っているのを見て、少し混乱した。私は考えた「核、クソ!核の厄介ごとが始まった」。私は、誇張したので、国民投票の結果に影響を及ぼすと確信した。私はスタジオを去って、一人になり、ホテルに行き、中に入るとポーターが私を抱きしめて言う。 「ブラボー、とうとう彼のことを言った」「何て言った?」「社会主義者は何を盗むんだ!」
それから、朝7時に、マネージャーのモランゴニが私に電話をよこして言う「これはクラクシの家の番号だ、電話しろ、電話しろ、謝れ」「バカか?からかってごめん、でも謝ったら、俺がダメになる。あっちいけ、ファック」そして、チェルヴィニアのためにドイツ人を残した。電話、ジャーナリスト、騒動、「l'Espresso」の表紙、私はこの騒動の原因じゃなく、クラクシの愚かさ、あの時、コミュニケーションがどう動くかをまったく分かってなかったことを示した。自分を風刺という武器だけで攻撃することをあえてした人たちを粉砕したいと思って、権力を持っていることを確認して強がった。これが権力。数年後、クラクシは、カネで沈んだ。
(ダリオ・フォDF)それ以来、もうテレビに出なかった?
BGそこから少しドアを閉めたが、それからヨモ・ヨーグルトのスポットで戻って、当時のRAIの社長、レティツィア・モラッティに私のフリーショーを提案した。
DFそう、何があった?
BG何も。モラッティは私を望んでいなかった。それからボッコーニの学長クラウディオ・デマテがRAIの社長になった。彼はテレビについては何も知らなかったが、まともな人だった。彼は私に言う:「テレビで何かやって欲しい」。2回、2時間のライブをくれる。その契約に同意し、私の提案をはっきりと言う。
私は何もいらない。すでにツアーをやって稼いでいて、それはパブリックなお金だ。欲しくない。私に場所をくれ、ステージはいらない、テーブルと椅子があれば十分、OK。「できません」彼らは言った。弁護士を呼んで「クレイジーです。1回最低2億5000万リラとらないといけません。減らせません」。「なぜ?」「そうしないと脱税の企てになるからです。2億5000万出さなければなりません。好きにしてください。数字は動かせません」。不条理な本当のドラマ。交渉では、すべて逆のことが行われた。「よし、500万なら受け取れる!」「いいえ、もう話もしません。2億4500万にしましょう、そこから動きません」。
DFでもそれは何?不条理の茶番劇?
BGそう、ほとんど! 結局、つくったものからお金をえないのに、RAIの劇場、デレ・ヴィットリエを個人的に受け入れて、5万リラくらいの入場券、200席分を私に払い、二晩やった。1700万をつくって、彼らには1ペニーも負担させず、本当の観客のチケットからお金をえた。それどころか、交渉がすごかった…それで、私の方向性は違うことがはっきりして、パブリックに行くことで、テレビはもう私の中にはいなかった。

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